まず、神社側の見学会 修復(4)

地元の氏子様に、今の状況を見て頂く、見学会
開催することを、取り急ぎ決め、7月25日、午前10時〜
午後3時まで、人数制限なしで行いました。
 
 
かなり熱心に説明を聞いて、現物と照らし合わせ
確認しておられる風景が見て取れます。皆さん
一生懸命な様子が伺えます。
 

修復現場、間近で見て頂き、かなり痛みの
激しさが、大きいので、皆さんビックリされて
いました。こんなに激しく痛んでいたのかと、声を
あげておられました。
 
 
自治会の役員さん達も、見学階に参加を頂きました。
お忙し中、、本当にありがとうございました。
 
 
いつもお世話のなる、久野、中尾先生方も、
参加頂きこんな珍しい物を、間近で見られたことを
大変喜んで頂き、本当に良かったです。
 
 
お孫さんと一緒に参加して頂いたおばあさん(失礼
若いおばあさん)の2人連れです。お孫さん、しっかりと
記憶に留めておいて欲しいものです。
 
 
役物、鬼瓦は、享和二年戌四月吉日と
刻印されていました。(1802年)200年
以上前の瓦が残っていたのです。
 

今回の修理で、小屋の中には昭和28年の修理の祭の
棟札とその経緯を示したものが発見されました。
そこには昭和9年に関西地方を襲った風水害により大破
したが、当時は部分修理にとどめた。昭和28年の新春
より資金圧値に奔走し、同4月1日より修理工事に着手した
旨が書かれています。

次回は、12月5日頃に堺市文化財課主催の見学会が
予定される事になります、堺広報の紙面に参加者募集を
募り、大々的に、見学会をされますのでご期待下さい。
 
 
26年12月5日(土)堺市文化財課主催見学会
参加者220名を超す方々が参加されました。
 

神社の歴史を決定出来る、資料として、かなり貴重な
鬼瓦です。 ハッキリと年号が見て取れます。 
 
 
今日は、西法寺さんの土曜教室の生徒さんが
先生に引率され見学に参加してくれました。
みんな、熱心に説明を聞いていました。
 
 
西南の角が、一番痛んでいましたので、多くの
部材が取り替えられ、新しい材木に変わっていました。
 

これは北西の角です、ここも軒先がかなり
新しく変わっています。
 
 
下の写真の板ですが、傷んで使えないものは、
新しく取り替え、年号を焼き印を押してあります。
これなら、何年経っても溶けにかぎり分かります
 
 
継ぎ手も色々な形の物があります。
修復とは、出来るだけ、使える部材はこの様に
補修をして出来るだけ、古い材料を残して、次の人たちに
伝えていくことが、今、私たちが考えなければいけない
様に、この工事を見て思いを新たにしました。
 
 

昨年11月から補強材を入れずれないように
ずれないように柱をつないでいます
 
 
長くせり出した、一本の柱は屋根の四角を
しっかりと支える大切な要の柱です。
 
 
軒先の梁は雨で腐食が進み西側はほとんど
新しい梁材に変えられています。ここにも、特殊な
繋ぎが見えます、左右にずれない工夫がされています。
腰掛け鎌継ぎ(土台、母屋、棟木等木負取り付け)
 

ここでも、新旧の柱をガッチリ繋ぐ工夫が、されています。 
 
 
いよいよ軒先の垂木が入り、新しくした部材には
一本一本、焼き印を押しています。これは、今年の
年号を入れ、変えた歴史を後世に伝えるために!!
 
 
ここでは、焼き印が年号まで見て取れます
 
 
軒周りもほぼ完成し、次の行程を待ちます。
(地垂木取り付け)
 

軒先には、天井になる板が張り廻らされていきます。
(化粧裏板取り付け)
 

 

これにも、焼き印が押されています。
 

れは、難しそうな切り込みです。どんな感じに
つながるのか? 
 

この継ぎ手が合体するようです。 
(木端いすか継ぎと腰掛け鎌継ぎを併用)
補足材加工芽負
 
 
この様に仕上がりました、これで前と同じ強度が
保たれるのでしょう。人は色々な知恵を働かせ
いい物を後世にのこしてくれます。
 

軒の先端の梁が乗りました。この中央付近の
継ぎ手が、ポッカリ口を開けているのを見つけた
事かが、修復をするキッカケに繋がったのです。
 
 
古い材料をできる限り残し、新しい材料との
融合をはかりながらの作業、左下の板を野木
につけ、野木廻りが整います。
 

上記の野木廻りが整いまました。梁を受ける
つかが、沢山立ち上がりました。高さの調整や
垂直に立っているか?控えを取りながらの作業。
 
 
古くて、高さが足りない物には、台座を敷いています。
まわりには、新しいつかが沢山見えます。
 
 
つかの通し平ほぞ接ぎに、横梁を繋ぎます。
 
 
つかのレベルだし。複雑に控えが取られています。
 
 
こうして見ると、つかも新しい物が目につきます。
 
 
つかのほぞに平ほぞが組まれています
 
 
金属製の補強材が入れられ、耐震に備えています。
 
 
屋根の支えが完成しました。
 
 
金属のアングルが用意され見えにくい所に補強、
されていくようです。
 
 
たとえば、四隅の羽根木固定。
 
 
こちらにも、アングルの補強が羽根木を固定しています。
 

沢山の羽根木の先端を固定しています。
 
 
羽根木が色々な方向から出ています。
この羽根木でながい軒先をバランスよく柔軟に支えて
いるらしいです。大変よく考えられています。
 
 
これは、北拝殿唐破風です、かなり傷んだ所が
見えますが、この程度は使用可能の範囲だそうです。
修復とはこの様に、使える物は残していくそうです。
 
 
南側の軒先です、こちらは元々かなり、傷んでいた
所でしたので、羽根木はほとんど、新し部材です。
 

これは、北側からの屋根の基盤になるところです
 

西側の屋根地です、かなり太い材木が使われています。
 

つかの、レベルを出し補強をしている板が見えます。
 
 
かなり分厚いいてが、見て取れます。
 
 
南側の軒先です。全体に新しい材木が多く見えます。ここが
一番痛みが激しかった所が、よく分かります、南西角です。
 
 


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